2026.5.24
やはりテッペンでも(だから?)パッティング by プロゴルファー
2026.5.24
やはりテッペンでも(だから?)パッティング by プロゴルファー
(ステーションの意義を父は言い続けよう)
先日、息子より1つ上のお兄さんを持つ親御さんからメッセージをいただきました。内容はパターについて。エースパターとして一本に絞り込んでそれを長く使い続けるスタイル(名手はこのイメージが強い)と状況に応じて複数のパターを使うスタイル(ある意味で長い期間で固定しない)。どちらがいいんだろうか。
濃いやりとり。ありがとうございます。共有してしまうと私にメッセージをくれる方が激減してしまうと思うのでここでは伏せつつ、後日息子に同じ質問を投げかけて披露してくれた内容を多少大人の言葉入れてまとめてみると次のようになります。
結果的にバンバン入るパッティングが超上手いゴルファーなら何を使っても問題ない。各パターの特性を掴んですぐに慣れるから。でも、そもそも変える必要がない。何でかと言うと、子供の時にくれたパターでバンバン入っているんだから、変えようとは普通思わないから。飽きが訪れて変えてそれでバンバン入らなかったら下手、ということ。
なるほど。論理の飛躍がまあまああるけど、言いたいことは伝わってくる。そこに私の意見を加えて息子が好きそうな料理にしてみると…
身体と同化しすぎてそれしか使えない、ということにはおそらくならない。開閉具合が異なったり、打音・打感の違いもあって距離感が異なったりしても、すぐに慣れる可能性が高い。ただ愛着が湧きすぎてそれ以外使わない、となると自動化に伴うイップスの嵐が訪れるかも。よって絶対的エースを育てながらも複数の特性の異なるパターをたまに使う。それによってエースの特性が掴めるようになって愛着が湧く。
意図を持った自動化。意味がわからないけど… 一言で表現するとこんな感じかな。
ということで、息子は未就学児から現在に至るまでクラシカルなL字、2006 Napa Valleyをエースとして使い、全ての試合に投入してきました。これ以外のパターで試合に出たことがありません。Scotty Cameron氏自身が最も好きなパターとして位置付けておられ、アイデアの中身と削る様子をYouTubeにあげられるほどの作品。L字でも普通の削りではない。ご本人曰く、ソールの窪みに代表されるように上手くなるための工夫が随所に散りばめられている。嘘か本当かわかりませんが、Scotty Cameron氏が削った個体を手に入れて息子に渡しました。
そのNapaはシャフト伸ばしを重ねてきましたが、「短すぎてパターが入らなかった」と今日のラウンドレッスンで嘆く息子。キャメロン工房で長さを調整したL字、Napa California 2009があるので明日からこれを使い、2006 Napa Valleyはキャメロン工房に送れ、と父に指示を出す息子。現在、Classics Newport(1995年)とPro Platinum Del Mar 3.5(2001年)をキャメロン工房でリペア中で、親子で首を長くして待っているところ。また送るの? エースだから仕方ないか。
私の計画では、エースがAnswerやNewportで、腕磨きがクラシカルなL字だったけど、息子の愛が強すぎて逆の形に。Answer型はキャメロン以外で練習用として使ってきたけど愛着が湧かないらしい。Classics Newportであれば加工技術が格段に上がった現在の力でリペアとなるかもだし、カーボンスチールだし、30年前の作品で、愛が生まれる可能性大、と見込んでいます。
先の親御さんとのやりとりの後に思い浮かんだのは、テッペンのゴルファーたちは試合で勝ちを重ねていく上で、わずかなパッティングの力量の差が勝敗を分け隔てているのだと強調されておられること。平均データからしたらパッティングはそこそこでも勝利を重ねているように見えるけど、ご本人はそう捉えていない点。平均だけに焦点を合わせていると見落としてしまうところがある。たとえば、Brooks Koepkaプロ。パターをScotty Cameronに戻されて、しかも新たな銘柄を今週の試合で投入されている。そのパター。昨年、とあるジュニアさんとラウンドした際にその子が手にされていたパター。自らの好みで選んだそうで先見の明を感じざるを得ない。で、Brooks Koepkaプロは最近パターを変えていて、今年に入って4本目とのこと*1。PGAツアーに戻ってきてから上位に入り込めない状況について、「プレー自体はいいのに結果が出ていないのは主にパッティングのせい」と説明されておられる。その上で、今週開催されているTHE CJ CUP Byron Nelsonに関して、次のように語っておられます。
「あのときはこの試合に勝って世界ランク1位に返り咲いたんです(注: 2018年の同試合で優勝)。今週はパッティング次第で優勝できるところにいると思います」。
やっぱりパッティング。ショット力も当然のことながら、勝つかどうか、最後はパッティング。おそらく平均のことだけを指してはいない。
で、本日の息子。ハーフラウンド、3パットなし。ただ内容は、バーディパットが決まらず、無難に2パットで凌いでいた模様。思い出してしまう、タイガー・パー&マキロイ・パー、ならぬRパー。今日は赤ティで2オーバーで回ってきたけど、まだ息子にとってはアンダーがなかなか出ないセッティング。私が危惧してる、適正ヤーデージではないセッティングでラウンドする負の側面のひとつ。バーディを狙えないので、狙わないという意識。飛距離が伸びてきたので取れないわけではないけど、運の要素が大きい。同じぐらいの距離でもパーパットは決め切れるがバーディパットはそうなっていなかった、との先生の講評に触れて、パッティングにもこうした意識が芽生えてしまうのかと突きつけられた次第です。本人は狙おうとしてはいるのだろうけど潜在意識では「まあ、パーでも」となっているような感じか。最近、親子ラウンドで赤から回ることも増えてきたけど、ラウンドレッスンでそうした過酷な状況でプレーしているわけだから、普段のラウンドは適正ヤーデージに戻そうかな。ショートコース、ミドルコースが多いからそこまで考えなくてもいいのかもしれないけど。どうしても本コースに行ってしまうと、せっかくだから多くショットを打たせたいとなり、最近、赤や白から回ることが増えてしまっている。
今日も大学生のお兄さんが来ていらして、わたくし父は盗めない技を盗もうと凝視する。今週、県アマを制されて、お昼時に色々と聞こうと思ったけど、わたしの仕事がありまして、オンライン会議でその場を抜けてしまった。本クラブハウスで父抜きで息子が皆さんと一緒にランチを食べたのは今回が初。何を話したんだろう。
そのお兄さん、ラウンド後に首を傾げていらしたのでさぞかしスコアが悪かったのだろうと思いきや、息子に聞いたらアンダーで回っておられた。数字よりも内容なのだろうな。最後のロングホールもパターを決め切っておられた。レッスンでのラウンドは基本、親が帯同しないのでなかなか見ることはできないけれど、息子が必死に取り組んでいる姿がラウンド後の表情を見るとビシビシと私に伝わってくる。技術的な側面以上に、その姿勢が日に日に高まってるな、いい感じ、と思いきや、お兄さんはそのまま残って練習、息子の自発性を刺激しようと間接的に手を回してみたけど「帰ろう」と...
そのまま家に帰るのは勿体無いので、PGAスーパーストアによって、父のクラブを吟味する。お兄さんおすすめのウェッジをまずは見てみる。「顔がいい」とのことでしたが、現物を手に取ると、やっぱり「顔がいい」。影響されすぎか。長時間、アプローチやバンカーショットを見ていたら、誰もが確実にそうなります。アイアンとかウッド系はお兄さんを真似しても無理だとは確信できるが、ウェッジなら、と一瞬、妄想してしまう。もちろん無理ですけど。
*1 川野美佳, "シェフラーとの同組対決を「楽しんだ」ケプカが1打差2位タイの好スタート。平田健闘4位タイ!," みんなのゴルフダイジェスト, 2026.5.22.