2024.5.8
夢を託さない共感力
2024.5.8
夢を託さない共感力
(とは言え、夢見てしまう...)
前に井上真吾さんの子育て論と指導論について触れました。息子さんお二人を世界チャンピオンに導いたお父様でもあり、ボクシングトレーナーでもあります。ゴールデンウィーク最終日に東京ドームで試合がありました*1。熱狂。
私は息子が生まれてから子育てに関する本を貪るように読みました。なかでも教育という点で、当時(7年前)、私の見方を180度変えてしまったのが、井上真吾さんの考えでした。著書『努力は天才に勝る!』(講談社, 2015)で描かれた、父も一緒に競技に取り組む、という姿勢。息子の尚弥さんと拓真さんは、その父の背中が今の自分を築き上げた、と語っておられます。
小学6年生の尚弥さんの初試合を見て惚れ込んだのが現所属ジムの大橋秀行会長です。ボクシング界に様々な風をもたらしたレジェンド。今から9年ほど前に出版された大橋会長の著書には、井上真吾さんと息子さんたちとの対談が掲載されています*2。そのなかで大橋会長は、小さい頃から親が工夫して子どもの指導にあたることを「大事なこと」と評価する一方で、それを受けてこうも述べておられる。「でも、お父さんの情熱が強すぎると、子供が重荷に耐えきれなくなるケースは少なくない。井上家は、奇跡のような成功例。どんな秘密があるんだろう」。そしてその秘密について、対談のなかで尚弥さんご本人が説明されています。そのまま引用させていただきます。
「僕としては、小1の時から、お父さんと一緒に走ってきた、一緒に練習してきた、というのが一番でかいと思うんです。もしお父さんが、口ばっかり偉そうにトレーナーぶっていたら、こうはならなかったかもしれません。だって僕の練習を見るのは半分くらいで、あとの半分は、お父さん自身が100%追いこんで練習してましたから。同じサンドバッグをラスト30秒打ち込んだり」
息子さんたちのボクシング、その基礎は父、真吾さんとともに身につけたもの。大橋会長やフィジカルトレーナーなど、もちろんジュニア時代から賢人が周りにおられて、その技量を支えてきたわけですが、「僕のボクシングは七割がお父さんの理論、残り三割が僕の感覚で成り立っている」と尚弥さんがおっしゃるように、今なお父様の指導がベースになっている。そのお父様は大人になってからボクシングに魅了され、アマチュアボクサーとして競技に出場、鍛錬された。その親の姿を見て尚弥さんがボクシングに興味を抱く。父はボクシング中継を視聴、研究、そして自ら実践。息子にもそれを伝えていく。大事なのは、基礎。ひたすら反復練習。環境もしっかり整える。
ゴルフの世界、とくにアメリカでは、活躍されている若手の多くが早い段階から指導経験豊富なプロの指導を受けています。一方で、お金や時間の問題もあると思うのですが、ゴルフをしてきた親御さんは子どものためにゴルフから少しずつ離れていく。たまに家族でラウンドするぐらいに。ただ、松山英樹プロのように、父と二人三脚で技量を磨いて世界のトップレベルで活躍されているゴルファーもいるのも事実。例外中の例外には見えますけども。
ゴルフはボクシングの世界とは異なる点も多い。技量を磨くという点では、たとえ親がその競技に造詣が深くても指導経験豊富なプロからの指導の方が良い感じがします。なのに、日本で育ったゴルファーとして、男子トッププロの世界で松山英樹プロが飛び抜けてご活躍されている。技量向上以外の点で(最終的には技量につながっていくわけですが)、親が競技に取り組みながら指導する良さがあるのでしょう、おそらく*3。
「共感して、同じモノを見ていること」*4。真吾さんが強調される共感。
問題なのはゴルフをしていると、厳しいという感じがしないのです。フィジカルトレーニングをやるとか、地味な基礎練習を反復するということを本気で取り組み始めたら変わってくるかもしれません。でも、ゴルフの場合、反復練習は私にとって楽しい。まだまだ密度が“高く”ないから? 追いこんでいないだけなのかもしれない。
父は現在ゴルフ肘に悩まされておりまして、休養ということで、息子のフィジカルトレーニングに引き続き、レンジでの打ち込みも授業参観のように後ろから眺めておりました。低年齢ジュニア時代における反復練習。その意味を深く理解するのは難しい。親、指導者による共感があると密度の“濃い”反復練習が長期で続けられるのでは、と息子の姿を見ていて感じました。
時間の半分は息子さんたちを見る、残り半分は真吾さん自身の練習にあてる、というジュニア時代のスタイル。半分どころか、尚弥さんが中学生の頃まで、ご自身のトレーニングの方に重きを置かれていた*4。
共感が生まれる経路は他にもあると思うのです。親子で一緒に競技に取り組むという以外にも。
*1 2022年6月ドネア戦からの密着ドキュメンタリーが5月12日に放送されるそうです(「密着×モンスター井上尚弥~伝説の750日~」, テレビ朝日)。長期取材のドキュメンタリーは久々です。
*2 大橋秀行(2015),『はじめよう! ボクシング For U-15 Kids and Parents, coaches BOXING』, ベースボール・マガジン社. 20年ほど前の映像には、真吾さんがアマチュアの試合で勝利したあとリング上で息子さんたちと抱き合う姿も。ゴルフの世界では、松山英樹プロの父、幹男さんが、アマチュアの試合に出られる際に息子にキャディをさせている。日本アマチュア選手権。当時、松山英樹プロは中学生。幹男さんは50代。父が試合でプレーする姿をジュニア時代に間近で見ていたわけです。お父様お二人に共通するのは、息子をプロに、ということが先にきていなくて、自分も競技に真摯に向き合い、技量の向上に努めている点です。そもそも父が競技にはまっておられる。 尚弥さんは高校生になるまでプロになるとは言わなかったそうです。最初は、子どもはおまけ。だんだんと子どもに時間を割くようになる。お二人ともアマチュア。お父様がプロだったらまた違った意味で指導者として、親として、子どもをサポートする難しさがあるのではと感じます。ボクシングの世界には日本だと、親子で日本王者もいるし、親子で世界王者に近づいているボクサーもおられます。また海外には、親子で世界王者になられているボクサーもいます。ボクシングの世界から学べることが多いと思います。親が競技アマでも、プロでも。特にプロの親にとって。それにしても東京ドームでの試合。ダウンを奪った後にリングでお父様と抱き合う尚弥さんの姿。20年ほど前に行われた試合で、お父様が勝利し息子さんたちと抱き合う映像と重なります。20年前と逆の構図になっている。共感。
*3 松山英樹プロご自身は、「ゴルフやスイングの理論は、時代によって都度変化している。だから父の指導内容が変遷していったのも今思えば無理はない」と指摘しながら、「自分なりに分析することで考える力をつけていったようにも思う」とその「父との二人三脚」(節のタイトル)の強みを間接的に述べられておられます(『彼方への挑戦』,徳間書店, 2021)。
*4 指導において親子関係にあるメリットは共感の質の高さ。有料版になりますが一部読めます(「「息子に夢は託さない」父の信念、共感していた井上尚弥」,朝日新聞デジタル, 2021.5.24.)。次のお話しは共感がない例とも理解できます。“試合で敗れた小学生を、親とおぼしき大人がタオルでピシャピシャたたく。「自分の夢を子どもに乗せちゃっているように見える。そんな光景が多くあった。本当に嫌だった」。” 実業家としての、こだわり。「オレは尚弥や拓真の拳に自分の夢を乗せていない。オレにはオレの仕事がある」と真吾さん。仕事の足跡を残す。そして、アマチュアボクサーとしての、こだわり。結果として息子さんたちよりも重きが置かれるご自身のトレーニング。そうはいっても自分がプロの世界を知らないということで、いっとき親子鷹の解消も考えたそうです。ジムの専属トレーナーに任せて身を引こうと。ただ尚弥さんに「一緒にやらないと意味がない」と言われて、親子で続けることに。「うれしかったし、世界チャンピオンにしなければ、と腹をくくった」と真吾さん。この時、尚弥さん19歳。夢を託すというよりも、なぜそもそもボクシングをやるのかという背景と親としての責任感。