2024.3.24
世界チャンピオンに学ぶ
2024.3.24
世界チャンピオンに学ぶ
(父と遊んでいるだけの感じが...)
父親と一緒に日々ゴルフをしていたら息子の技量が磨かれないのではないか。これ、といった根拠はありません。ただ不安でなりません。根拠っぽいお話しも結構耳にしますので。親子の時間が過ぎゆくので、それはそれで良いのですが。一方で、高みを目指すなら親と一緒にやらなきゃダメだ、と力説する賢人がおられます。その「一緒に」という意味が突き抜けていて、それを長らく実践されてきたのが井上真吾さんです。自ら事業を立ち上げ運営しながら、24歳でボクシングを始めて、その後お二人のプロボクサーを育てられたお方。長男の尚弥さんはボクシングの世界で頂点を極め、次男の拓真さんは現在、WBA世界バンタム級王者。
ご著書において、子どもをボクサーにさせたい父親に向けてアドバイスを送っておられます*1。「…大切なのは自分がやってみせることです。自分は何もしないで、“ハイ、やれ”では示しがつきません。自分が率先してやることで、その背中を見せることで、子どもたちも付いてきます」(p.78)。例えば、こんな内容です。驚かないでください。濃すぎるので端折ります。朝起きてジョギング(10キロの時代も)、坂道はダッシュ、階段も登る。自宅に帰って、懸垂、腕立て伏せ、荒縄を引く。その後近くのスポーツジムに行って、マシーントレーニング、シャドー、プールで泳いでクールダウン。さらに、自家用車を押しまくって、これで朝!のメニューが終了。まだ1日は始まったばかり。まだまだメニューが続きます。ボクシングのかなり突っ込んだ話ですので割愛します。
このメニューを、息子さんが6歳から高校生(走りは中学生)になるまで、強度を上げながら取り組んでこられたわけです。お父様も一緒に、というのがポイントでして、「口で言うだけなら誰でもできます」とご自身も強調されておられます。子どもをボクサーにするための助言としては基本的にこれだけです。「自分がやってみせること」。さすがに、わたくし父はもう歳ですし、ゴルフ用にアレンジしてトレーニングをこのレベルで一緒に、ということは正直難しそうです。“ハイ、やれ”になりかねない。
別のページで、「どうすれば尚(尚弥)選手のように育ちますか」と良く聞かれるけど簡単に言い切れない、と述べられています。子どもたちにはボクシングをやらせようとは思わなかった。なぜなら、愛する我が子の肉体や脳にダメージが加えられるボクシング、親としてそんな姿を見たくないから。「それでも自分はボクシングが大好きです」と書かれている。お父様がボクシングに熱中している姿を見て、「僕も父さんとボクシングを一緒にやりたい」と尚弥さんが熱望して始められたそうです。息子さんご自身の意志で選択したボクシングの世界。熱量があった、というのがひとつの答えとも受け取れそうです。
著書を何度も読み返すと、タイトルにあるように、「努力」の中身が半端じゃない。ジュニア時代、尚弥さんのようにセンス溢れる子はいたそうです。当時のお父様からすると、息子さんは天才ではなく、「普通よりやや上」。ただその後、尚弥さんだけが圧倒的な勝利を収め続けてきた。しかも怪物と呼ばれるまでに。「日本ボクシング史上最高傑作」*2。なぜか。お父様はその理由を、努力と、ボクシングを始めた年齢に求めておられます。ジュニアの遅い時期からボクシングを始めてジュニア時代に勝利を収めまくっても、敗戦でプライドを傷つけられて競技から遠ざかってしまう子がいる。ただ尚弥さんは6歳から努力を積み重ねてきた。挫折は乗り越えられる。常に強い相手と戦う。試合から逃げない。「…技術は競技に接していた年数に比例します。…日々の積み重ねがものを言います」。そして、この積み重ねに必要とされるのが「本人のやる気」であり、それが第1だ、ということです。地味な練習を反復すること。素直さと愚直さが息子にはあったのだ、と強調されておられます。
特にこのご指摘は、未就学児からゴルフを始めたジュニアと、大人になってゴルフを始めた私のような親にとって学ぶことが沢山あるところだと思います。遅くから始めてトップに上り詰めたゴルファーがいる一方で、それと肩を並べるくらい、いやそれ以上に低年齢から取り組んだ超一流プロがいるのも事実。ご著書の冒頭で引用されている尚弥さん自身のお言葉。「僕のボクシングは七割がお父さんの理論、残り三割が僕の感覚で成り立っている」。お父さんはアマチュアボクサー。始められたのは24歳。それでも、世界の頂点を極めている息子さんのボクシングの大部分は父の教えに支えられている。感覚や技術を磨くこと。「競技の深奥」に到達すべく費やされる日々の努力。その中身に触れられる著作。父が技術面でコーチ役を務めている親御さんにもぜひ参考にしていただきたいです。父も一緒にトレーニングするのかは別として。
*1 井上真吾 (2015), 『努力は天才に勝る!』, 講談社. ご兄弟の対談に加えて、“世界チャンピオンの母” 井上美穂さんの文章が収められています。テーマは「目の前のことにただただ必死になっていた」。美穂さんの支えがなければ、私たちがお二人のボクシングを見ることはなかったのだと思うと感謝しきりです。ちなみに、テレビ番組の企画で尚弥さんが体力測定したところ、持久力と体幹の強さ以外に優れた項目はなく、柔軟性は「一般人以下」だったそうです。著者紹介写真や扉ページに挿入されてるお父様の写真がかっこ良すぎる。子育て論ではなく、ボクシングの魅力を多くの人に知ってもらう本なのです。
*2 森合正範 (2023), 『怪物に出会った日: 井上尚弥と闘うということ』,講談社. 著者の森合さんはエピローグで、本物の世界チャンピオンとはどういう存在なのか、長年にわたる膨大な取材を通じてこう表現されておられます。「敗者は勝者に夢を託し、勝者は何も語らず敗者の人生を背負って闘う。井上は佐野の人生にも光を当て、輝かせている。それが本物の世界チャンピオンなのだろう」。佐野とは本書の第1章で取り上げられている佐野友樹さん(松田ジム所属)です。